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2009年7月13日 (月)

ウチの近所の公園に櫓が建ち始めました。どうやら今週末はお祭りでもある様子。
ふと気がつけば、来週から公立の小中高は夏休みですか?早いなぁ。


Supercellのアルバムがゴールドディスクを取ったんだそうな。曲や詩もいいなと思うけど、それ以上に、みんなが望んだキャラクターを作り上げたのが大きかったんだろうなーと思います。

素材しかない状態から、いわゆる「中の人」というものに左右されず、ユーザーコミュニティよりパブリックなキャラクターを形成できることを実証したという意味で、「初音ミク」はとても興味深い存在。ひょっとしたら、AIプログラムとか自然な2足歩行の実現なんかとは全く別の所から、アンドロイドってのは作られるのかもしれない。

確かに一連のVocaloid楽曲は、人の手によって打ち込まれた単純なデータにしか過ぎないけれど、その歌や曲の内容から、「初音ミク」というキャラクターが浸透し、そのイメージから、また別の曲や絵といった作品ができていく。そしてその作品からまたキャラクターが作り上げられていく――そういったサイクルの中では、確かに「初音ミク」は実在していると思います。

これまでの科学的論調では、「我想う故に我在り」的な自己発信型の思考がなければならなかったけれど、案外、「ここにいるじゃん」とみんなが言えば、それは居るということなんじゃなかろうか?
階段を踏み外すASIMOを見て、「制御ミス」ではなく「緊張して転んじゃったんだよ」とみんなが思ったとしたら、そこには「ASIMOの意思」が生まれるかもしれない。
だって、ASIMOが緊張していないなんて誰も証明できないし、言ってみれば、人の緊張を証明する手段も、明確に確立されているわけではない。

とすると、音楽という表現手法は、意外とあなどれないね。
先日一般公開が始まった実物大ガンダムのように、物理的に存在するということはとても大きなインパクトがあるけれど、それは一番最後でよくて、物理的に作りあげるというのは、「そこにある」とみんなが認識する手段でしかなく、「みんなが認識する」ということが重要であり、本質。

物理的に存在させることよりも、みんなの中に「存在している」と思いこませる方が、実は人工知能の開発には現実的な解なのかもしれません。
ま、宗教になっちゃうかもしれないけれど、案外、応用物理学の行き先も、このへんなのカモなーと思ったりしました。


少なくとも、VocaloidはBOF(バンド・オブ・ファイターズ)よりは成功している。

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