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2009年11月20日 (金)

文句タレ地蔵

PSPのバージョンが上がり、それまでXMBの一番上にあった「ワンセグ」が「エクストラ」の一項目へ格下げに。まぁ、日本だけの機能だったろうから、当然といえば当然なのだけど、おかげで、どこいつテーマを使っているウチのPSPのXMBアイコンから、¥980がいなくなることに。
さようなら、テレビさん。

ちなみに、ウチのPSPには、以前、試しに作ってみた、こんなテーマがあります。
Psp_ew

欲しい人は、ゲーセンで会った時に言ってね。
 
 
 
今週のギョーカイ時事放談での偽まるさんの叫びは、よく分かるけど、どうしようもないよねーと思う所が多かった。
 
 
僕は、わりとマイクパフォーマンスを好んで行うんだけど、それを行うまでには、周囲環境の把握とセルフプロデュースが不可欠。言動が、演出と本気の境界線で、エンターテイメントに消化できるかどうかのギリギリのラインを狙います。
だけど今の人たちは、それまでの過程も意に介さず、自分の世界をぶしつけに持ってきて、他人の行動を断定する。それに対する反論は、彼らには弁解にしか聞こえないし、「見解の相違」を認識させようにも、「こっちの主張を認めさせて勝利する」というのが彼らの原理なので、そもそも議論にならない。
こちらが、諦めたり相手の言いたいことを理解しようとしたりすると、その時点で相手は「勝利」を自覚するので、話も終わってしまう。
 
何か考えがまとまらないときに人と話した時、予想外にアイディアが出てきたり、考えがまとまったりという経験があると思うんだけど、本来「会議」とか、そこでの「議論」というのは、それをテーマの下に系統立てて行うもの。だけど、「自分の意見を通すために相手を潰す」と考えている人が、だんだんと目立つようになってきた印象。

これは民主主義を多数決で運用してきた弊害だと思う。

これに、ネットの掲示板のような「反対派の存在が消える」世界が現れました。
学校でも会社でも、リアルにはいろんな人が周りにいて、その中には考えの合う人も合わない人も、部分的には合わなかったり、特定の趣味だけあったりする人もいるけど、とにかく「いる」という認識が、絶対にある。意見の相違で口論になっても、その意見の違う人は「いる」。
でも、ネット上のユーザーコミュニティでは、口論になって合わないと、どちらかが「消える」場合が多い。それが進むと、結果として、声の大きい人とそれにつきあえる人だけが残る。それが彼らの「世界」になる。
  
「世界」を作るのは、間違いじゃない。誰とでも仲良く、というわけにはいかない。まぁ、問題なのが何かということが分かっていれば、そもそも、ゆがんだ個人世界など作らないのだけど。
  
そして、その「世界」の中で、しかし本人は、頂点には立たない。
自分の価値観をもとに、上の人物を他に見つけ、その周辺を回り続ける。自分が「神」になるよりも、「神に認めてもらった人」の方が、はるかにプレッシャーが無いからね。世界の外を攻撃するにも神の威光を借りられるし、その責任を神に投げて逃げ道を確保しやすいし、いよいよとなれば、神を挿げ替えてもいい。
 
 
そういう人が増えたというのが、今の僕の認識。
 
 
僕は結構、議論するのが好き。そのために、極端な言動をとります。賛同より反抗の方が、言葉の幅が広いからね。そもそも、言いながら自分の意見に否定的な思考が走りはじめるし。
その手法は中学時代の校長先生の影響が多分にあるのだけど、協調性と反するので、いまだにバランスが難しい。よく失敗もするけれど、失敗を失敗と認めることができれば、関係修復は、それほど難しいわけじゃない。

だけど、今は、相手から言葉を引き出せないことが多い。こちらの言動を額面通りに受け取られ、そこで機械的に行われる賛否で結論が出て、相手の思考が終わってしまうからだと思う。
意味は違うけど、お互いに「話にならない」となる。

結果として残るのは、自分の勝利を主張する子供じみた声の方。それを「何言ってんだか…」と思っていたけれど、そういう勝利宣言をはやしたて、別の場面で同じようなことをする人が多くなってきた。
と、僕には見えるのでした。

高田延彦が「ハッスル!」を始めた時、「この人、何やってんだろ?」と思ったりしたけど、今では、なるほどなーと思うこともあります。パフォーマンスをパフォーマンスとして示したうえでドラマを演じないと、どんなに努力の裏付けがあっても、八百長扱いにされる。
――ま、たとえ話は誤解しか生まないので、このへんにしとくけど。「つまり、こういうこと?」とか「それは、こういうことじゃない?」に続く言葉は、「あー、伝わらなかったかー」という感想につながることが少なくないです。
 
 
 
ということを、わりとリアルでも話すことがあるのが、僕の中では反省事項。そういったことを、相手の内から出てくるように思考させるのが、作品を作る人たちの仕事だと思うのでした。
精進せねばね。

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