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2010年4月27日 (火)

仕分ける価値基準

そもそも、戦後50年を過ぎた今でも、治外法権の土地があちこちにあるのが問題なのだ。こんなに他国からの軍事介入に寛容な国は、他にはちょっと見あたらない。
その中で沖縄は、一番、基地を利益に換えてきた街だったはずだが、いつの間にか被害者になっている。「沖縄だけに基地負担を負わせるな!」という県民集会の叫びを聞くたびに、テメェらだけ被害者ヅラしてんじゃねーよと、基地の街で育った自分なんかは思うのです。TVの音量を最大に上げても聞こえなくなるほどの騒音を受けてるのは、オマエらだけじゃない。
 


ProjectDIVA同梱の、ミク版PSPが出るそうな。ヤバイ、欲しい。っていうか、SEGAはPSP同梱版って初じゃない?
――ま、そんなに本体持っててもしょうがないのでアレだけど、同時に出る、アクセサリーセットは買ってしまうかも。前回の時は、あっという間になくなってたなぁ。DIVA自体も、しばらく品薄だったし。予約してなかったから、危うく買えないところだったけど、なんとか当日お店に間に合ったので、特典のDVDも貰えて良かったのよね。というか、そのDVDが、結構今でも何回も見返すくらい、気に入ってたりします。
2ndもソフではDVDが付くようなので、ちょいと楽しみ。名古屋のソフマップ、かなり広いので驚きました。
 
オリジナルデザインPSPだと、もうすぐMGSの新作が出るね。前作は面白かったけど、世界が熱中するほどか?と、ちょっと疑問。
KONAMIもブランドイメージを重視する会社だけど、そのわりに自社名を間違えたりするから侮れない。
ちなみに、ウチにある初代PSPは、MGS Portable OPS同梱の迷彩柄のヤツです。
 
 
僕は自分ではそんなにゲーマーだとは思っていないのだけど、この歳でゲームをしている時点で、立派なゲーマーなのよね。まぁ、ビデオゲームも娯楽としては一般的なモノになっては来たけど。
ただ、「ゲーム」という言葉からイメージするものは、人によって結構違います。アクションだったりパズルだったりというジャンルの違いもあるし、キャラものか無機質なものかといったグラフィック面での違いもあるし、携帯ゲーム機なのか据え置きなのか、はたまたPCなのかアーケードなのかといったプラットフォームによっても大きく違います。
複数で対戦するのか、一人でじっくりやるものなのかによっても、イメージは大きく変わるしね。
 
ただ、未だに悪者にされることが多いのは寂しい限り。アニメもゲームも、表現力は非常に高いのに、小説や音楽よりも下の文化に見られがち。
 
それは結局、自称文化人達の反商業主義から来るものだろうと思う。「芸術」なんてものを格上として認識すること自体ナンセンスなのだといい加減気付けと思うけど、「文化」というのが、ひどく特別なものであると思う人たちにとっては、そこは譲れないことなのだろう。
 
僕は、作品とか、その積み上げである文化ってのは、常に使い捨てでいいと思ってます。その時々で流行り廃りはあるし、廃れたモンを無理矢理守る必要なんかはないと思う。良い物が、いつまでも良い物であり続けるわけではない。
価値観は、常に変化する。だから、大昔の娯楽作である浮世絵やら歌舞伎やらが、いつの間にか伝統芸術扱いになる。
 
 
価値観を決めるのは自分自身のハズなのに、結局、作品の評価を下すのは、一部の評論家と多くの消費者だ。特に今は、ただ一つの勝ち馬に乗るために、皆必死に一方方向を向きたがる。
極端に言えば、「芸術」なんてのは存在しない。「アーティスト」なんてのは、実に消費者を馬鹿にした名称だと思う。上から目線もいいトコだ。

インターネットの台頭で、広告収入をベースにした、いろんな無料サービスが増えてきて、ものの価値観がだいぶ変わってきた。
けど結局、全てのモノは「自分に必要か否か」で価値が決まる。それは、今も昔も、そしてこれからも代わらないと思う。変わるのは「今の自分に必要なモノ」だ。それさえしっかり見えていれば、あとは何が起きても、きちんと判断できるハズなんだ。

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